このブログを読まれた方は時々表現されている母である私の影響が子に出ているという記述を読まれて「え?」思われている方もいらっしゃるかもしれません。
子どもは親の成長のため「母が自分の喜びに目覚めて自分の幸せを見つける」手助けをすると魂で決めてきています。
そうして母が自らの幸せを見つけたら次は子ども自身が自分の喜びや幸せを見つけて社会へと羽ばたく準備を始めます。
いわゆる思春期や反抗期と言われる時期がそれに当たります。子どもは自分自身の光、自分の本質を開こうとするのです。
ただ現在は社会システムとして子どもの歩む理想の道が集合意識でかなり制約されていますから、本質を開くのが難しくそれは不登校や引きこもりとして現れてきている部分があります。
また私のように「私さえ我慢していればなんとかなるはず」と強い思い込みで生きていると子どもからのメッセージを拾うことができず自分自身がどんどん苦しくなります。
次男は魂がとても深い優しさをもった子どもだとききました。それは私もこの子の乳児期から気付いていましたが、その優しさ故に母である私が自分の喜びを見出すまでいつまでも「待つち続ける」選択をしてしまいます。顕在意識の彼の希望と別に魂がそう選択するのです。そして彼はその苦しみを私に「メッセージ」として表現し続けることになります。
人生を賭けた壮大な愛です。
私が自分の心と向き合い、封じていた感情や想いを感じ、自分のしたいことへ向き始めると彼の様子が変わり始めました。
「彼の人生ために学校に行って欲しい。」そう思っていたのにその奥には、私が安心したいから、私が不安だから、恥ずかしいから、いい学校に行って欲しいからと色々な思いがあることにきづきました。
それはあってはいけないものではないのです。人間なので色々な欲があってもいい。ただ「彼のため」と言って本当の想いに蓋をしてしまうことが事態をややこしくしてしまいます。
体験や想いを言葉にするのはあまり得意ではありません。少しでもヒントとして伝わるといいなと思います。

