そもそも私は、母性本能が乏しいのだと思う。
だからずっと長い間、大人になってからも私は母親になるのが怖かった。自分の子どもを立派に育てられる自信が全くなかったというのが表向きの理由だけれど、本当は子どもとの関わり方がわからなくて(子どもだけではなく、人との関わり方全般がわからない)、子育てに向き合うことが怖かったのだと思う。今から思えば、シンプルなことを難しく考え過ぎていたんだと思うけれど。
そんな私が長男を授かったのは結婚後わずか1ヶ月。戸惑いはあったけれど、やっぱりうれしくて日に日に大きくなる我が子に話しかけたりしていた。胎教には何がいいかとか、そんなことばかりを考えていて、私自身の思いや感情についてはほとんど注意を向けていなかった。当時はそんな習慣は全くなかったから。
長男は活発でよく動いたので、子どもとはいえ、ものすごく扱いが大変でとにかく疲れた。動き回る息子を追いかけるという体力面と、妙な動きで誰かに迷惑をかけるのではないかという精神的不安な面との両方で毎日疲れはてていた。
息子は幼児期気持ちの切り替えがうまくいかないことが多く、愚図り出すと1日ずっと愚図っていた。「広汎性発達障がいの疑い」という診断がつき、幼稚園から就学前までは療育施設で軽いトレーニングを受けていた。
今なら息子の個性を受け止める、あるいは受け止めようと努力できるようになったけれど、当時は「広汎性発達障がいの疑い」という診断に縛られ翻弄され、一人で何とかしようとしていた。それが当然だと思っていた。
私の苦しい子育ては始まったばかりだ。
次回に続く!
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mariuszopoleによるPixabayからの画像

