なんだか少し不思議な感覚を持っている次男。
今の私ならどうするだろう?と考えても、さてどうするかしら?と今も判断に迷うものが多いです。笑
全然参考になりませんね。😂
ただ一つだけ言えるのは当時の私はなんとか上手く回そうと先回り、先読みしては転ばぬ先の杖を持たせていましたが今なら「あー、時間がもったいないんだね。悲しいね、よしよしそばに居るよ。」と見守りながらも今日も泣いてるなーなんて思いながら見守っているのではないかと思います。
見守るとはずっと抱いていたり見ているのではなく、
「ちゃんとそばにいるからね。見てるからね。抱っこして欲しい時は言ってね。」と次男に伝えたら
「あんなにギャンギャン泣かれると辛いなー、うるさいなー、大変だなー。」なんて湧き上がる自分の気持ちを受け容れながら料理をしたり、洗濯物を畳んだり、下の子と遊んだり自分がしたいことをすると思います。
当時の私はグッと我慢して次男に付き合っていましたから、内心ではイライラもしていました。
それはそれで次男に伝わっていたと思うし、私が転ばぬ先の杖を準備することで「同じしくじりをしてはいけない。」「失敗をするのは良くないこと。」などのメッセージを暗黙のうちに伝えていたと思います。
だって次男が泣き叫ぶのを私が嫌だから「杖」を用意していたのですもの。
1日が理想的に進まないのが苦痛だからです。
そして何より私自身が泣いてこなかったし、この時の時点でも私さえ我慢すれば上手くいくと母との関係も夫との関係も泣かずに歯を食いしばってきたので「子どもが泣くこと」そのものが苦痛だし、子どもを泣かせておくのは良い母親ではないようで辛かったのです。
理想通りできない日があってもいい。
泣きたい時は泣いていたらいい、遊びたい時は限界まで遊んでいてもいい。
ご飯が作れなかったらその日はあるものを分け合って食べてもよかったのではないかと思います。
自分で許可が出せると「今日は夕方まで公園で遊んでいいからおかずは納豆だけだよ。」なんて日も作りました。
そんな風にその時々でゆるゆると自分と子どもの気持ちに寄り添って行けたらよかったのかもしれません。
#不登校 #学校 #引きこもり #親子 #親子の関係
Fabio GrandisによるPixabayからの画像

