娘と私

farfadet

さてさて新学期が始まりました。
現在進行形のお話なので娘に関する詳細は省きますが、私についてを書いてみたいと思います。

現在娘は自分で決めて登校しています。
それでも毎日色々なことがあり波があります。
元気に帰ってくることも多く、楽しかったこと、嬉しかったこと、嫌だったことを話してくれます。
内容に合わせて私の心も揺れ動きます。
嫌なことを話しているときは彼女の気分も落ち込んでいて「大丈夫かな、明日は行けるのかな、行かないって言うのかな。。。」そんな思いがわらわら湧いてきます。😂
娘を早く!元気にしたくなります。
以前はしてました。
話を変えたり、そんなことない大丈夫だよ、もっと前ならお母さんが先生に相談してあげようか。
今はこれを意識的にやめました。


今娘と対峙していて私が1番鍛ているのは「娘のありのままを受け容れる。」ということです。
今日は落ち込んでるんだな、嫌だったんだな、私も揺れるなー。。。ここで止めます。
「どんよりとした嫌な感じで帰ってくるのかな。。。」
そう思って気分が揺らいだ時は
「よし、嫌な感じの娘を楽しもう。」
「怒ってる娘を楽しもう。」
「どこまで文句を言うのかな。」
「どこまで落ち込むのかな。」
「私の気持ちはそれでどこまで揺れるのか試してみよう。」
そんな風に娘に向かい合う前に自分の心の覚悟を決めているのです。
落ち込んだ娘の話を聞きながら娘の感情に同化してしまわないために
「うわあーーーー、落ち込んでる落ち込んでる。キタキターーー!」なんてことも内心で思ってます。
あくまでも内心で。😂

娘のありのままの表現を受け容れること。
これによって私は自分が思っているよりも揺れずに済み、揺れないので娘の状態を変えようとする言動も無くなりました。随分減っていたけど思い付かなくなったのです。
自分に必要がなくなったのでしょう。
自分が揺れて気持ち悪いから、娘の不安定な状態を抱えるのがしんどいからなんとかしたくなるんだなとつくづく実感します。
そして1番の変化は娘自身の立ち直りが早いこと。

娘は次男ほどネガティブにはなりませんが次男のように言葉で表現することが苦手です。
その分自分の内に引きこもって長い時間何も話さなくなります。
ずーーっとどよーーーんと黙ってます。
見ているだけで
「はああああ。。。😰」となります。

心理学ではこちらが相手をなんとかしようとする時、相手は自分がそのままではいけない、あなたの状態は間違っているとメッセージを送っているのと同じだということを学んだことがあります。

本当はどんな状態でもあなたの今の在り方はそのままで大丈夫なのだと一旦受け止めることは相手を安心させるためにとても大切なのですが、親ですもの揺れます。
揺れて揺れてなんとかしたくなるのです。
私も実際に何年もなんとかしようとしてきました。
今回の体験で元気づけようとする時は相手を受け止めることができていないのだとつくづく感じています。

親は子どもは快活に笑顔でいてくれるのが1番嬉しいです。
子どもが幸せだと喜びを感じます。
だからなんとかしたくなる。手伝いたくなる。

けれど親から自立した子どもは独りで人生で起こる出来事を乗り越えなければいけません。
一生嬉しいことしかないなんて人はこの世にいません。
そしてパートナーや子どもでも親のようなお世話はしません。
まるで自分が親であるかのようにお世話が必要なパートナーと結婚しませんよね?
もしも自分の親が幼い子どものように自分の感情との付き合い方を知らなかったらどうですか?
私たちの孫であるその子どもは自分の親である私たちの娘や息子の感情的お世話を幼い頃からすることになります。
そんな親を素直に愛せるでしょうか?

さらに順番で言えば私たち親が必ず先に旅立つのです。
そう考えたら私たちの子どもは年齢的にも子どもである今の内に悲しいこと、苦しいこと、悔しいことを体験して自分で感じて自分で考えて乗り越えていく練習をできた方が幸せなのではないでしょうか?

自分の感情をありのままに感じて受け止め生きていく。
そんな練習が必要なのだなと思う今日この頃です。


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#不登校 #学校 #親子 #親子の関係


Ján PénzešによるPixabayからの画像 

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