以前スーパーバイザーさん言われて受け止められなかった言葉が今じんわりと沁みてきています。
「すごく大事に丁寧に育ててきたよね。だから今のこの子がいるんだよ。なかなかできないよ。」
そう言われたのですが、当時の私には過保護にしすぎたんだよと言われているように聞こえました。
人って自分が聞きたいように聞くんだなと思います。笑
誰もがそうしないといけないわけではないし、どの子もこのような接し方が良いわけでもないと思います。それぞれの親子の関わりがあり、それぞれのお母さんの良さがある。それを踏まえた上で読んでください。
次男はとても繊細な子でした。いや今もそうです。
でも幼い頃のようなことはもうありません。これは幼い頃のお話です。
エジソンの伝記を読んで人が死ぬとわかると三日間泣いたと書きましたが、三日とはいかなくてもこのようなことは多々ありました。
普通の子からすると想像もつかないようなことで2時間、3時間と泣き続けます。
3歳、朝兄弟喧嘩でお兄ちゃんに積み木を投げました。それがたまたまお兄ちゃんの頭をかすめて頭なので血がボトボトと滴り落ちてきました。大丈夫と説明しても自分が兄を傷つけたことがショックで午後まで泣いていました。お兄ちゃんはとうの昔に元気に学校へ登校しています。それでも自分が許せない。それ以来彼は物を投げるどころか殴られても絶対に殴り返さない子になりました。
私はそんな彼を泣いてる間中抱いていました。
少ない日は1日に一度、多い日は日に何度も。原因は兄弟喧嘩だったり、鳥がバッタを連れて行っただったり、おもちゃが落ちた、服に水が溢れた、シャツが汚れた、手が汚れた。。。もうキリがなくてそれで泣く次男を抱いて丁寧に話を聞いて対処してという繰り返し。
下に妹がいます。彼ばかり構うわけにはいきません。だから幼い妹に事情を話して泣いている次男を抱いていても遊べる遊びで長女と関わっていました。
長男と長女には次男は人間だけど次男という生き物でもあるから、次男に合わせながらもあなたたちにもちゃんと関わるようにするから許してね。と説明してきました。
小さな手に合わせた漆器のお汁椀を漆器専門店で購入しました。
セットで有田焼の小さなお茶碗もついていました。次男がそれを割ってしまった時どうしてもあのお茶碗がいい、僕の大事なお茶碗😭と泣き続けるので販売店に電話をして事情を話しそちらは漆器のお店なのに本当に申し訳ないですが分けていただくことはできないでしょうか?とお願いしたり。
身体中が痒いと大騒ぎしたこともありました。食べ物や衣服のアレルギーだろうかと調べたけれど見つからず痒い痒いといい始めて三日目、ふと思いついたこと、不登校のお兄ちゃんがお父さんと二人でドライブに出かけたのが羨ましかった?あなたもお父さんと行きたいと言って良いんだよ。と話したらドンピシャり!ピタリと痒みが止まりました。そんな時も次男は病院に連れて行っても解決しないような気がして彼が自分で自分の心に気づけるように根気よく話を聞いて付き合いました。
もちろんそのツケはちゃんとやってきて(笑)、長男にも我慢させたね、今の次男がいるのはあなたのおかげでもあると次男の前でも表現し、長男とだけの時間としてデートをしたり話す時間を作ったりして関わった時期もありました。
次男が落ち着いた今は長女がやっと私の番が来たとばかりに甘えたり、拗ねたり、わがままを言ったりしていますが、私も長女が譲歩ばかりするのを気にしていたので、それも彼女の調整だと感じて受け止めています。
彼の人と異なる部分、多感でパニックを起こしやすい、それを私が丁寧に付き合ってきたことで落ち着いて“一見”何の苦労もない賢い少年として成長していること、自分を社会へ適応させようとする力が育っていることとして「だから今のこの子がいるんだよ。よく頑張ったね。」と伝えてもらったのでした。
けれど次男が不登校になり、自己否定と罪悪感でいっぱいだった当時の私はその言葉の意味を受け止めることができなかったのが今になってよくわかります。
次男が全力で表現してきたもの、それは彼の個性ですが同時に私を育てるためのものでもありました。
私と次男の現れに関わりがあると気付いたのが中学1年生の冬、不登校になり初めのころです。
「farfadetさん元気?次男くんの魂がやってきたんだけど。お願いお母さんをお手伝いして。お母さんに急ぐように言って。僕はもう走り出したいんだって言われたんだけど何か心当たりある?」そんなメッセージを受け取ったのがきっかけでした。
気付いたのはこの時ですが、私の中で腑に落ちるのはまたまたずっと先のことです。
Cheryl HoltによるPixabayからの画像

