生きる力

farfadet

受験が迫ってきました。
繊細で感受性が強い次男は昨年の暮れ学校で先生と面談した際に「受験に落ちたらもう終わりです。何も考えられません。」と言っていました。
担任の先生も次男の性質をよくご存じなのでそんな次男をとても心配して心にかけてくださいました。

あれから一年、思うように集中して勉強できない日、やってもやっても一つの問題がクリアできない日、時には部屋から「もう嫌だーーー!」と叫ぶ声が聞こえることもありましたが、以前のような鬱状態に落ち込むことはなくなりました。
ご飯を食べ笑う時間も多くあります。
受験と異なることを考える時間も持つことができています。

そして今、いよいよ間近に迫った共通テストを前に未だ至らないところがあるのを認識し不安に駆られ落ち込みはしてももう終わりだ…とは言わなくなりました。
不安になって勉強が手につかない日があってもゼロではなく必ず何かを勉強しています。
もし落ちたらどうするかなあ…と考えています。

強くなった。
彼はとても強くなりました。

人生は順調な時ばかりではありません。
これまでの全てを順調にきても明日はどんな試練が待っているかわかりません。
自分が要因でなくても企業で起こるトラブル、自然災害、色んなことが起こる可能性があります。
生涯を安全に守ってあげることができない以上、本当に大切なのは竹のようにしなやかに起き上がる力なのかなと感じます。

幼ければ幼いほど、ついつい失敗しないようにと手を出したくなるし、口も出したくなる。
けれど出しすぎると自分で考えて生きる力が育たず、万事順調にいっても自分でなんとかできるという自信と自己信頼が育ちません。
何が起こってもきっとなんとかなるという根拠のない自己信頼は、親の保護がある間に小さな痛い経験を積み重ね自分でなんとか切り抜けてこそ育つものなのでしょう。

私たち親が手や口を出すのは最後の最後に必要なら、または命に関わる大切な場面やポイントのみ、それ以外は子どもたちの自分で乗り越える力を信じて可能な限り見守るのが大切なのだと感じます。

落ち込んでいるのをみるのは辛いけどなんとかしようとせずにそっと寄り添う、立ち上がるのをそっと見守る。口を出すより難しいことだと思います。
私たちも彼らから育ててもらっているのでしょう。
子どもたちを通して自分自身のことに気付きが増え、生涯を不安の沼の中で生きてきた私自身も揺れることぶれること不安の沼に落ちることが少なくなってきました。


#学校 #不登校 #親子 #親子の関係 #引きこもり


sungho kimによるPixabayからの画像 



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