しばらく開いてしまいました。
グループワークに参加し、自分の人生を振り返っていました。その期間に人生で初めて自分の感情を素直に真っ直ぐ感じたのではないかと思います。その感情の動きに自分でも驚いてブログに向かえずにいました。
ですが、前回「怒り」について書いたように自分の感情を素直に感じるのがどれだけ大切なのかを痛感し、お伝えできるようになりました。
今までも大凡理解していたものが体験として落ちてきたのです。
私は自分の意見を持つことを禁じられ、感情も周囲が喜ぶ笑顔や感謝を強制されてきました。
反発すると大変なことになるので母の望むように従っているうちに気づくと無気力、無感動、自分の食べたいもの、好きなもの、やりたいこともわからず、どんなに大変な事が起こっても泣くことさえできない人間になっていました。
何度も何度も自分の心の声を聞き自分の心が喜ぶこと、ワクワクすることを探そうとしてきました。
辛かった出来事は癒してきました。それでも自分の心が喜ぶことは見つかりませんでした。
夫がどう考えてもおかしいということをしても「もやもや」としたまま我慢するだけ。自分の思いを伝えたくても何を伝えたらいいのかも分からず溜まったものをヒステリックに出すだけでした。でもそれって全然スッキリしません。
数ヶ月前からグループワークで自分の過去を振り返っていたのですが、先月テーマの終わりに来た時に「母は客観的にみて激しく私の権限を奪い境界を超えた行動をしていたのだ。」と腑に落ちました。
そして「私は怒ってよかったのだ。」と心から素直に思えた時思いがけず涙が溢れてきました。
そうしているうちに自分でも驚くような母への強い怒りが湧いてきました。
その感情をしっかり感じてきたここ数週間だったのです。
今とても驚いているのは何かをやってみようという気持ちが湧いてきていること。掃除や料理などの日常動作だけどしようと思った時の取り掛かりが少し早くなったこと。
したいこと、いきたいところを描いたときに「ワクワク、ウキウキ」した気持ちを感じていることなどの小さな変化だけど今までの自分では考えられない変化が感じられています。
長い間私の未来は「どうせ」と思っていましたが、新しい未来を創っていけるような気さえしています。
そして不思議なのは子どもたちがさらに生き生きとした方へ動き出したこと。
本当は不思議ではないのですが、不思議です。笑
感情を感じることを抑える、自分の感じている感情を「これはいけないもの」として否定する、感情、中でも「怒り」を否定し抑圧することは同時にやる気や自分の喜びさえも捨てていくことなのだと思います。「怒り」は「情熱」であり、生き生きした人生を創るための「原動力」になるのです。
子どもたちが怒ったときに私はよく「そんなに怒らなくてもいいじゃない!怒らないで伝えてよ!」と言ってました。でもそれって子どもの生きる気力を奪っていたんだなと思いました。
もちろん暴力で怪我をさせたりなどどんな表現方法をしてもいい訳ではありません。
でも子どもの素直で真っ直ぐな怒りは彼らの真実なのだということに気づきました。
先日私が1番怒らなくていいじゃない!と言っていた相手、長男に謝りました。
「ごめんねー。怒らなくていいじゃないと言ってたけど怒ることって大切だよね。生きる気力なくしちゃうってことに気づいたの。怒っていいよ。お母さんが良くなかった。お母さんたちは社会に出る前の練習台だものね。でも弾みで怒らないでよーとは言うかもしれない。それは気にしないで。」
「意味わからんーーー。」と笑いながら「僕の怒りの表現がそのままでいいとは思ってないよ。」と言ってました。
「もやもや」が残る方はまずは自分が自分に怒りの感情を理屈などつけずにそのまま感じることをしてみてください。きっと新たな発見があるはずです。
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