息子の不登校中、ほとんど会話をしなかった。会話するときは「注射」の時だけと言っても過言ではない。それぐらい我が家ではお互いの踏み込み方や家族の在り方がわからなかった。
不登校に対する私の罪悪感がひどくて、息子にどう関わればいいのかわからなかった。どう関わりたいかもわからなかった。
注射の目的の一つは出血の予防ということもあったけれども、当時は全くその役割は果たしていなかった。なので、当時注射は予防措置ではなくて、対処療法で息子がどこか出血して、多少なりとも不具合が出てようやく注射、というサイクルだった。
当時はまだ私が注射をしていて、一発で血管に入らなければその日は中止になっていた時期で、失敗すると高価な血液製剤も無駄になってしまうのが、私の罪悪感をさらに上塗りしていた。この時期は注射すること自体がとても苦痛で仕方なかった。
実際のところ、私が注射するのが嫌でしょうがなくて積極的に息子に促さなかったというのも大きいのだ。
注射しない日々は私にとってはとても複雑な心境が続いた。
次回に続く!

